妹たちの未来

インドに妹ができた。
名前はバッティ。15歳。
夢は、マーチャンダイザーとしてラジャスターン州で出世すること。


雇ったガイド兼ドライバーの家に一泊することになった。
お茶を頂いて一息つくと、家族の紹介をされた。
中でもドライバーが熱を込めるのは、長女バッティの紹介だ。
州でトップクラスの学業成績だとか、州の美術展に入賞したとか、賞状に書類に盾にと次々に出てくる。
「すごい。自慢の娘なんですね」
私が褒めると、ドライバーはただでさえ大きな鼻の穴をさらにふくらませてこう言った。
「私は本当に幸運だ。こんないい家族や娘を持てて。がんばって良い結婚を用意しなければいけない」
「結婚ですか?まだ早いと思いますよ」
「いや、インドでは18歳を過ぎると女性は価値が無くなるんだ。早く結婚しないと良い男性は取られてしまう」
横目でバッティを見る。口を一文字に結んで黙っている。
「バッティの意見を聞いてみよう。バッティは結婚したいの?」
「私は働いた後で結婚したい。30歳くらいのときに」
理解した。娘さんはこちら側の人間だ。


そのあとの会話は、ただただ世代間のギャップを浮き彫りにするだけだった。
10歳で結婚した父親としては、娘にもそうした道を歩んでほしい。
今の時代、20歳を過ぎた結婚は珍しくないから、娘としてはそうしたい。
私としては、自分が蒸し返してしまったこの対立をなんとか収拾したい。
ちょっと強引にまとめにかかることにした。
「ドライバーの言っているのは、伝統的なインドで、バッティが言っているのは、新しいインドだと思う」
「その通りだ!」
バッティが食い気味に叫んだ。


どうやら、バッティの信頼を得ることに成功したらしい。
あの発言の後、バッティは私とのコミュニケーションに積極的になった。
自分が書いた絵や手芸作品をくれようとする。
日本語でbig sisterは姉さんだと知るや、私を「ネーサン、ネーサン」と呼んでくる。
日本語を知りたがるので数や挨拶を教えると、一回でマスターして使い出す。

バッティの器量の良さは勉学だけではない。
他のインド家庭と同じように、長女として家事全般をよくこなす。
私がスパイスが苦手らしいということを知ると、夕食に味の着いていない白飯とジャガイモを一緒に炊いたご飯を作ってくれた。
マサラばかりの食事に辟易していた私は、感動してちょっと泣いてしまった。
「すごい!バッティはなんでも上手にできるんだね」
「はははー。そんなことないよ。」
バッティはいつも平板に3回、はははーと笑う。

団欒の時間、家に一つのブラウン管テレビをつける。
バッティのお気に入りはナショナルジオグラフィックだ。
しかしすぐにプロレスに変えられてしまった。
父親のチャンネル権限は強い。


夜、バッティと私が同じベッドに眠る。
二人だけの空間で、バッティが饒舌になる。
「ネーサン、夢はある?」
「そうだなぁ、いい仕事をして、また旅をしたいな。バッティは?」
「私は、マーチャンダイザーになって、ラジャスターンの責任者になりたい」
「そうか。いいね」
「でも、学校を卒業しても、女の子にはほとんど仕事がないんだ」
「そうなの?でもバッティの成績は優秀でしょう?」
「それでも、とても難しい。ネーサンは、日本でどれくらいの給料を貰うの」
「一か月に1700ドルくらいかな」
「高いね」
「でも日本はすべてのものが高いから、あまり残らないよ」
「でも高いよ」
「そうだね」
「もう寝よう」
それきり、バッティは毛布に顔を埋めてしまった。
そうだ。旅行なんかしている時点で十分すぎるほどに私は豊かだ。


いま、私とバッティは同じ毛布に包まっているのに、
深く理不尽な溝がこの十数センチに横たわっている。
全く違う世界の人間が出会ってしまった。
バッティの顔が見えない。
私の存在は残酷だ。この世界は残酷だ。


やっぱり、バッティは私より早く起きて朝ごはんの支度をしていた。
「ほんと、バッティーはすごいよ」
「そんなことないよ。はははー」
いつもの顔で平板に3回笑って、制服に着替えて、
「またいつでも来て」
と抱き合って、バッティーは学校に出かけた。


インドに妹ができた。
名前はバッティ。15歳。
夢は、マーチャンダイザーとしてラジャスターン州で出世すること。