コルカタ空港で夜明かし

日本からコルカタに行く最安フライトをとると、深夜の到着になる。
地下鉄やらバスやら、大抵の交通手段は止まっているし、深夜のタクシーなんてろくなもんじゃない。
自然、朝を待つことになる。


到着ロビーには、すでに陣取りが始まっていた。
私も一角を獲り、荷物に足を乗せて眠る。
インドといえどやはり冬。
寒さが腰や背中に沁みる。


空の黒が薄くなってきた頃、浅い眠りを諦めて辺りの人間が起き始める。
こうなると、私がやるべきことはただ一つ。
タクシーをシェアする仲間を見つけなくては。
メトロが動き出すのは9時からだ。そんなに待ちたくない。


同じような境遇の旅人を探す。
近くの席に日焼けした東アジア顔の若い姉ちゃんがいる。
中国人?長く旅してる日本人?いや、シンガポール人?


とりあえず英語で話しかけてみる。
「おはようございます。寒いですね。インドはあったかいと思ってたけど、違ったみたい。」
「寒いですね。本当に。私、上着を持ってないから、、」
大きなショールで隠れていたから分からなかったが、よく見るとサンダルを履いている。ショールだって薄いシフォン素材で保温能力なんてない。
こんな装備で冬のインド来るとか、ちょっとバカなんだろうか。しかし不憫だ。


「これ、貸してあげるよ。」
私がジャケットを差し出すと、彼女はクリスマスの子どものように目を輝かせた。
「ありがとう!ありがとうございます!」
と言って、音速で羽織ってぬくまっている。かわいい人だ。
「これ、食べる?」
機内で配られたクラッカーを差し出す。
「ありがとう!どうしてそんなに親切にしてくれるの?」
それはね、タクシーをシェアしたいからだよ。とは言えず、適当に笑っていたら、お互いの身の上話になった。



聞けば、彼女はダージリン出身のインド人。いまはシンガポールに出稼ぎをしていて、一人暮らし。ちょうど帰省をしている途中で、ダージリン行きの飛行機を待っているのだという。

初めての一人暮らしの寂しさや、外国人労働者としての仕事の厳しさ、遠い異国の文化に馴染めないこと、ホームシックになって泣いてしまうこと。
初対面とは思えない。私も彼女に感情移入してしまう。


飛行機でダージリンに行くなら、相応の収入を貰っているはずだ。その点ではこの国では勝ち組だ。しかしお金以上に、早く家に帰りたい想いが、彼女に飛行機を選ばせているんだろう。察して余りある。


「全部はわからないけど、私も同じくらいの歳で一人暮らし始めたから気持ちわかるよ。」
「すごい!なんで私の気持ちが全部わかるの?寒いのも、お腹空いてるのも全部知ってる。」
「えー、お腹も空いてたの?」
「うん。すごく。」


店が開きはじめた。私もそろそろ動き始めたい。
「そろそろ行こうかな。」
「待って。行かないで。お願い行かないで。」
私のジャケットの裾をぐいぐい引っ張る彼女。本当にかわいい人だ。
彼女は財布から100ルピー札を出すと、ボールペンで何やら書き始めた。
「何それ?」
「お土産。あなたの名前も書いて。これは絶対使っちゃダメ。」
どうやらおまじないかお守りのようだ。どこの国でもたまに見る名前入りの札は、こういう理由で生まれたものらしい。
尤も、使われているということは、相当金に困ったか、どうでもいい絆だったんだろうけれど。


彼女はまじないのお札とピンクのマニュキュアを私に手渡して言った。
「絶対あなたを忘れない。私のこと忘れないで。」
「忘れないよ。また何処かで会おう。ダージリンか、シンガポールで。」
「日本で?」
「そうだね。」


結局一人でタクシーに乗ることになった。
300ルピーと高くついたが、すごく得している気がする。
ダージリンにはあんな素朴なかわいい人がいるのか。
行ってみたい場所がひとつ増えた。